沖縄情報BOX

 
企業・店舗検索
『なまからどぅー』は沖縄発の中高年向けフリーペーパー。バックナンバー記事の一部を『まちぐわーネット』で公開中!
ミンサーに浪漫を求めて
2009年10月号(Vol.38)

ミンサーに「浪漫」を求めて40年
自遊業 みやざとかずお


ミンサー

 ミンサーの細帯は、婚約の印として、昔、女性から愛する男性に贈られたもので、その特徴である〈五つ玉〉と〈四つ玉〉には、いつ(五)の世(四)までも末永く…とのウムイ(思い、願望、こだわり)が込められているのである――。

 そのミンサーだが、復帰前の八重山では竹富島などで細々と織られているにすぎなかった。

しかし今日では八重山だけでなく、沖縄の代表的な工芸産業にまで発展、地域経済にも大きく貢献するようになっている。

 このほど、あざみ屋・みんさー工芸館から、創立40周年記念事業の一環としてミンサーの集大成版『ミンサー全書』が発刊された。私もウフィグヮー(ほんの少し)だけティガネー(手伝い)をしたので、今回はミンサーについて書いて見たい。

 

 まず、本を読んでの全体的な感想だが、「記録することの大事さ」を改めて痛感したところである。私は以前にこのことをハワイのアロハシャツから学んだことがある。当時かりゆしウエアに関するまとまった資料がなかったので、学生と一緒に調べることにした。その際、参考までにとアロハシャツのことを調べたら、 すでにビジュアル版の立派な出版物が販売されていた。両者の記録・保存に対する認識の〈温度差〉に、当時かりゆしウエアは、文化としては醸成せず、単なる消耗品としていつか人々の記憶から消えてしまう運命にあると唖然としたものだ。

 その頃もそうだったが、沖縄文化の商品化に関して、「ブランド化」ということが識者からたびたび指摘される。それを真剣に考えるならば、まず記録・保存を実行することが先決である。沖縄の美風である「テーゲー主義」はビジネス社会には通用しない。また、ブランド化は行政ではなく、個人・企業の商品への愛着から生まれるものであり、今回の発信を高く評価したい。

 次に本を読んでの印象を二、三記しておきたい。ミンサーが竹富島で滅亡寸前の頃に、民芸運動家・外村吉之助氏との出会いがあった。島に魅了された外村氏は、島民の生活の支えにするため、ミンサーを復活することを提案。外村氏の偉さは、提案するだけでなく、実践したことである。素材である木綿の供給、織り指導者の派遣、また島の関係者を岡山の倉敷民芸館に招待、民芸の心を学ばせたりした。 こうした優れた指導者に巡り会えたことで、ミンサーは島を代表する「民芸品」として、再認識・再創造されたのである。

 その次、復帰を控えた時期、ミンサーの商品化に着眼したのが新絹枝氏だった。絹枝氏は量産化を図れば、八重山全体の産業の発展、雇用の増加につながると考え、実行に移した。織り子の養成を行うかたわら、二次加工品の講習を受けるため石垣から那覇に一ヶ月間、毎週土日に一人で通ったこともあった。

 苦労の連続だった。一歩前進すると、次の苦労が待ち受けていた。中でも「伝統を崩すな!」との声が、絹枝氏の耳にも入り、深く傷ついたこともあった。友人や仲間らが励ましてくれた。また化学染めは沖縄工芸の品位を落とすと批判されたこともあった。 思い悩んでいた時期に、染色の大家から一言、「色というのは、いい色がいいのです」と言われ、迷いがたちまち吹き飛んだこともあったという。

 取材の際、私が男のせいか感銘を受けたことがあった。絹枝氏が洋裁の勉強のため、幼い子供らを石垣島に残して、東京に行った時の話だ。当時はパスポートが必要で、那覇経由の船旅で7日間かかった時代だった。その頃、役場に勤務していた夫・哲次氏に、あからさまに「あの人だよ」と後ろ指を指す人たちがいたという。哲次氏はそう言われる中で黙々と子守りをし、借金までして送金をしたのだ(この話を哲次氏はひょうひょうと語っていた。だが実際は、当時内心はつらい思いをしたはずであり、私のような並みの男にできることではない)。 そうした批判や中傷、さらには経営の問題など数多くの困難に耐えながら、あざみ屋・みんさー工芸館のミンサーは、新哲次・絹枝夫妻の「共同成果物」として進化を遂げたのだ。気がついたら、小さい時から両親の後姿だけを見て成長した子供たちや孫も、いつしか同じ道を歩んでいた。

 祖母(新絹枝)が大切に保存している藍染めのミンサーに魅せられたという孫の大浜豪は、〈八重山藍〉に託した夢をこう語っている。

 「工芸品とは飾るものではなく、日常に使われるものであり、八重山が藍の産地となり、昔のように生活の中で使われるような地域になれば、島の発展につながる」

 ところで、現在はモノが氾濫し過ぎて、作られたモノがなぜ地元に生まれたかという背景、歴史的意味合いなどに、購入する側が納得しないと、これからのモノは動かないと言われている。そうした時代だからこそ、「歴史は遺物ではなく、未来への羅針盤である」であり、そこに本書が出版された意義があると私には思える。

 グローバル化が急速に進む中、『ミンサー全書』を生み出したウムイが、今後はローカル化に徹したモノ作りに向かうことを願っている。

 

Tags: なかゆくい

 

『まちぐわーネット』企画・運営/株式会社日本広告 Copyright (C) 2009~ NihonKoukoku. ALL Rights Reserved.
ウェブ制作:有限会社IT通信