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シェブン・シェブン
2009年12月号(Vol.39)

シェブン・シェブン
自遊業 みやざとかずお


シーグラム

 私の友人のMさんは、復帰時の沖縄で初めての本格的なデザイナーだった。それまでの沖縄には専門のデザイナーはおらず、彼の才能は、海洋博「沖縄館」で『巻貝をヒントにした、螺旋状の構造物』で高く評価され、以後彼は次々と多くの作品を生み出した。

 

 八〇年代の彼は多くの店舗デザインやプロジェクトに関わった。八重山・パナリ島での映画撮影には私も同行したことがある。天才的な作品を生み出す一方、酒を愛し、カネには苦労した人生でもあった。彼は間違いなく時代の先端を走った男だった。

 

 沖縄館で一緒に仕事をした私は、その後「県産素材を活用した『新しい土産品開発』事業」で共同作業を行った。

 

「わしたショップ」ができる前である。当時、観光土産品といえば、ほとんどが県外、国外品だった。彼の持論は、赤瓦とかシーサーといったせっかくの素材をポンと出すような安っぽい、イージーの沖縄ではなく、もっと大事にしたいということだった。そこから「新工芸」という概念も生まれた。

 

 私に「デザインとは何か?」を教えてくれたのも彼だった。ミーグヮーワライ(目笑い)しながらのユーモア、そして、自由かつ気ままに生きたMさんは、当時の私のあこがれでもあり、そうした生き方が私にもできればどんなに素敵だろうと、いつも思ったものだ(実際には、才能のない私に彼のような生き方ができるはずもなかったが)。

 

 彼の奥さんのKさんだが、那覇市西町の一角で、大人好みの静かな雰囲気のスナックを以前から開いており、私も時々通っていた。ある日、彼女とユンタク・ヒンタク(おしゃべり)していたら、彼女の書いた「パパイヤ」を見せられた。

 

 「復帰前の沖縄、コザの町(実際は北谷)だった。夏の真昼間一軒のバーに入った。外壁に描かれた星条旗。店内は激しい太陽から逃げるかのように暗い。年配の女性が一人カウンターでラジオの沖縄民謡を聞いていた。ウィスキーを注文すると「シェブンシェブンでいいねぇ」と言うので任せたが、シェブンシェブンて何だろう。出てきたのは、シーグラムセブンをセブンアップで割ったもの。つまり『セブンセブン』だった。白昼の酒はグラス一杯で楽しく酔えた」(シーグラムセブンは、アメリカンの中でも格式のあるウィスキー)。

 

 この一文から私は次の情景を思い浮かべた。その頃の外人バーすなわちAサインバーでは、ウランラグチ(直訳ではオランダ語、一般には「英語」を指す)、ヤマトゥグチ(日本語)、ウチナーグチ(沖縄語)が、マンチャー・ヒンチャー(まぜこぜ)で使われており、そのため「セブン」がウチナーグチの「シェブン」と発音されていたのだ。今流で言うと、そうした女性たちは、「3ヶ国語」を操るインターナショナルな女性だったのである。

 

 Kさんはいわゆるヤマトゥンチュである。学生時代、東京の学校で知り合った二人は、彼の「激動期の沖縄で仕事がしたい」という熱意に打たれて、沖縄で仕事をするようになったという。

 

 その頃のことをKさんは自作の句集『F』でこう述べている。

 

 「本土復帰の前年パスポートを持って沖縄に来た。東京・晴海埠頭から2泊3日の海の旅だった。沖縄に特別な憧れを持っていたわけではない。結婚した人が沖縄の人であり、復帰の前に帰りたいと強く願ったからだった。その頃の私の沖縄への知識といえば、山之口獏の詩と、岡本太郎の『沖縄文化論』を読んだ位で、何よりも、私が好きになった人が大好きだという沖縄で一緒に暮らす、そのことだけが大事だった」

 

 当時のKさんにとって、シェブンシェブンもカルチャーショックだったが、雨に濡れた亜熱帯の果物・パーパーヤー(パパイヤ)も強烈だったようだ(彼は洋酒が好きな男で、病院での末期、薄めたジョニー赤をスプレーで口の中に吹いてもらったという伝説もあるほどだ)

 

 「店を出るとシェブンシェブンの所為か太陽の所為か、くらくらと心地よい眩暈がした。店の前に一本の痩せたパパイヤの木があった。貧弱な幹から貧弱な枝葉を広げていたが、乳房のような実は、鮮やかな緑にいくつもひしめいていた。通り雨があったのだろうか。濡れた風がわずかに動いたが、緑の果実も白い道も、すでに乾いていた」

 

 〈ひと雨の あとのひと雨青パパイヤ〉

 

 彼がグソー(あの世)に行って何年かが経過した。この原稿を書きながら私は一人つぶやいた。

 

 「Mさん、グブリーソーサ(ごぶさたしているね)、ナマー ヌーソーガ(今、何をしている?)、ナーウフィグヮー マッチョーキヨー(もうちょと、待っていてね)、ヤガティ マンジョーン(やがて、一緒に)、『シェブン・シェブン』ヌムゥグトゥヤー(飲むからね)」 すると、彼の声が聞こえてきたのだ。

 

 「マッチョーンドー ヨーンナー クーワ」(待っているから、ゆっくりおいで)と。

Tags: なかゆくい

 

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